株式会社hacomono(以下、hacomono)は12月3日(火)、業界の有識者4名をお招きして「hacomono Fitness Headlines 2024」を開催しました。それぞれの方にはディスカッションに先立ちインタビューを実施し、2024年にフィットネス業界で起きたニュースの中から特に注目した3つを選んでいただきました。約25年間に渡り大手総合クラブで勤務し、現在はhacomonoでマーケティングを担当する鶴橋 亮が、そのニュースを選んだ理由や得られた示唆について聞きました。
INDEX
PROFILE
岡田 隆 日本体育大学 教授/博士(体育科学)/理学療法士
2012年から2021年まで柔道全日本男子チーム体力強化部門長を務め、2016年リオデジャネイロオリンピックでは史上初となる柔道男子全階級メダル制覇、2021年東京オリンピックでは史上最多5個の金メダル獲得などに貢献。株式会社LIFE BUILDING代表取締役として、パーソナルジム「スタジオバズーカ」、コンディショニングセンター「アクティブリセット」を運営する他、株式会社GYM GARAGE取締役として、フィットネスマシン販売やジム開業サポートに取り組み、またサプリメントブランド「BAZOOKA NUTRITION」を手がける。
ボディビル競技にも取り組んでおり、2023年WNBFボディビル世界選手権、プロマスターズ部門で優勝を果たした。自身が運営する公式YouTube「新・バズーカ岡田チャンネル」では減量や筋トレに関する知識をわかりやすく解説している。
1. 「chocoZAP」の会員数が120万人を突破/「FIT-EASY」上場/「ANYTIME FITNESS」1,150店展開、将来的に2,000店の余地
—— なぜこの3つを選ばれたのでしょうか。
3つを選んだ理由は同じで、24時間営業のジムがここまで広がったことがとても感慨深いからです。私が初めて出会った24時間営業のジムは、大学生の時にオープンしたゴールドジムサウス東京(大井町店)(※)でした。当時は、一部のトレーニング愛好者にしか夜に筋トレをするなどという発想はあり得ない時代だったので「ジムを24時間営業する」という仕組みに驚き、そして喜んで通っていた記憶があります。それが今は、この3つのニュースが示すように多くの方が筋トレに励む世の中になったのだと、嬉しくなりました。
(※日曜日は23:00クローズ。第1・第4・第5月曜日は17:00オープン)
—— 日本で24時間ジムが広がるきっかけは、2010年にアメリカから上陸した「ANYTIME FITNESS」です。当時は「24時間営業なんてありえない」「無人サービスは認められない」と逆風でしたが、今ではスタンダードモデルとなりました。
24時間営業で店舗数も多い24時間ジムは、社会保障費の上昇など日本の社会問題の解決にもつながると思うんです。かつては一部の愛好者に限られていた筋トレが今では多くの人々に広がり、日本の課題を解決するものになるなんて、2010年当時は考えられませんでした。
ただ、基本的にセルフ利用であるため、間違ったマシンの使い方をして怪我をしてしまう方がいるのも事実です。マシンの利用やトレーニングについて適切な指導があった上で、24時間いつでも利用できるのが理想かもしれません。これだけ筋トレが身近に、そして大切なものになったのですから、学校で筋トレの授業をしてもいいのではないかと思います。
—— この10年ほどでボディメイクが「格好いいもの」として人々の認識も変わりましたよね。
昔は、テレビで取り上げられる筋肉の話題って、どちらかというとお笑い的な扱いでしたよね。今は、トレーニングしている方の知見をきちんと広める目的のテレビ番組やYouTubeも増えて、扱われ方が本当に変わったなと感じます。日本で考えられ、創り上げられた「RIZAP」や「FIT-EASY」の上場は、日本における筋トレ・ボディメイクの一般化と共に、日本のフィットネス業界にとって嬉しいニュースですね。
—— 「chocoZAP」の成長もフィットネス業界では話題になりました。「着替えなくていい」「1日5分でいい」というブランディングについて、岡田さんはどう感じますか?
運動へのハードルを大きく下げてくれる点は素晴らしいと思います。これまで多くの人は、トレーニングウェアに着替えてウォーミングアップして、終わったらプロテインを飲んで…というイメージだったと思います。それはたしかに1つの理想とは思いますが、その手間があるがゆえに「忙しくて時間がないから今日はトレーニングするのをやめようかな」と感じる時ってあると思うんです。実際、トレーニングに慣れ親しんだ私でさえもそう感じることがあるので、多くの忙しい現代人にとってはなおさらでしょう。私は大手24時間ジムの会員ですが、動きやすい服装のまま、土足でも利用できる環境が整っているため、「時間がないけれど1種目だけトレーニングしようかな」という気持ちになるんですよね。様々な指導経験を通して、「5分でもいいですよ」と伝えることが、運動を始め、継続するマインドに繋がると感じています。
—— 岡田さんはイスラエルに半年ほど滞在して研究されていたり、先日はドイツのボディビルコンテストにも参加されていて、他国の事情にも詳しいと思います。日本と海外のフィットネスやウェルネスへの意識の差について大きな違いを感じることはありますか?
日本はフィットネス参加率が低い、欧米は素晴らしい、などと悲観的あるいは自虐的な声すら聞かれます。イスラエルや韓国など徴兵制度がある国、あるいはアメリカのように国民皆保険制度がない国、文化として外見への意識が高い国などは自分の体への意識が高くなると感じています。そのような国では、ジムの数や利用者数も多くなるでしょう。フィットネス参加率はこうした社会的背景や、そもそも存在する文化の違いにも影響されると考えられます。
日本には国民皆保険制度があり、病気になってから治療を受けても、自己負担金を極めて安く抑える事ができます。多くの国民が医療を受けやすい環境を作る素晴らしい制度です。しかし少子高齢化が進む日本では、この制度への依存率を低減しなければ社会保障費に生活が圧迫されるのも事実。そこで、健康行動へのインセンティブを増やすなど、社会制度を現代に合わせて最適化し、治療から予防へと国民の意識改革を導く必要があるかもしれませんね。教育・勤労・納税に加えて、筋トレをもって国民の4大義務とする日がくる事を期待します(笑)
—— 日本が欧米並みの参加率を目指すには、社会の仕組みや意識改革が必要ですね。岡田さんは体づくりを啓発されていますが、フィットネス業界が今後注力すべき点は何だとお考えですか?
フィットネスという枠から飛び出してヘルスケアの観点でも、社会のインフラになるべきだと思っています。トレーニングが一部の愛好者のものからスポーツ選手のものにもなり、やっと一般の方にも浸透してきた今こそ、皆が利用できるインフラにしないといけません。現在のジムやスタジオは若年層が行きやすいモデルが大流行していますが、病気が増えてくる中年、加齢による体力低下が顕在化してくるシニア層も行きやすいジムの選択肢をもっと増やす必要があると考えています。本来サポートが必要な方が取り残されてしまっている印象です。例えば、勤め上げたビジネスパーソンがリタイア後に始めやすいジムがあれば、引退後も元気に過ごせる人が増えると思います。ビジネスモデルとして成立しにくいコンセプトもあるでしょうから、民間事業者だけでなく、自治体の力も必要でしょう。あまり使われていない自治体のトレーニングルームの再構築、再活性化に強い関心、期待を持っています。
2. 東京大学名誉教授・公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟副会長を務めた石井直方氏が逝去/ピラティススタジオが急成長/高須クリニックの高須幹弥氏がボディビル大会に出場
—— 3つのニュースの他にも、気になったものはありましたか?
恩師、石井直方先生が亡くなったことはやはり大きかったです。またピラティスブームも気になりました。ピラティスは運動の入口を広げる点で大きな貢献をしている一方で、現在の状況を見ると、顧客層が若年層に偏っている点が気になります。一過性のブームで終わらせないためには、幅広い年齢層を取り込む努力や、効果を正しく伝えられる人材の育成が重要だと思います。フィットネス業界でそのような存在が、石井先生だったと思うんです。
石井先生は学術と筋トレを結び付けてくれました。東京大学の教授であり、ボディビルのアジアチャンピオンでもある石井先生が筋トレの効果をエビデンスをもって発信してくれたことで、多くの人が耳を傾け、筋トレが一過性のブームで終わらずに済んだと私は思います。本当に偉大な方でした。
最後にもう1つ、高須クリニックの高須幹弥先生がボディビル大会に出場したというニュースも、トレーニングを身近に感じていただけるきっかけになったのではないでしょうか。忙しい方でも継続すれば大会に出場できるレベルにまで辿り着けるという、あのようなニュースが積み重なっていくことも、トレーニングに対する世の中の意識を変えていくことに繋がると思います。