【前編】この記事は2回に分けてお送りしています。
子どもたちへバスケットボールを指導する「バスケットボールの家庭教師」の運営からスタートした株式会社ERUTLUC(以下、エルトラック)は2007年に代表である鈴木 良和氏が立ち上げました。同社ではバスケットボールの指導を通じて子ども自身の成長や、その指導を担うコーチの育成もミッションに掲げて取り組んでいます。どのような想いで事業を立ち上げ、現在、コーチの育成に取り組んでいるのでしょうか。学生時代からバスケットボールに取り組んでいる株式会社hacomono セールス担当の伊藤 拓馬が鈴木氏にお聞きしました。
INDEX
PROFILE
鈴木 良和 株式会社ERUTLUC 代表
2002年に「バスケットボールの家庭教師」を立ち上げ、子どもたちへバスケットボールの指導をスタート。2007年に株式会社ERUTLUCを設立し、各地で指導を行いながら専門誌でコラムの執筆や講演会など活動を拡大する。2021年の東京五輪ではバスケットボール男子日本代表のサポートスタッフを、同年に開催されたFIBA 女子アジアカップおよび2024年のパリ五輪ではバスケットボール女子日本代表チームのアシスタントコーチを務めた。2024年4月には日本初となるNBAスクール渋谷校を開校し、同年11月には新たに東村山校、世田谷校を開校している。
1. 恩師との出会いで指導者育成の道を目指す、学費を稼ぐため「バスケットボールの家庭教師」を立ち上げ
—— 私も長年バスケットボールに取り組んでおり、鈴木さんのことは以前から存じ上げているのですが、「バスケットボールの家庭教師」から始まり、今年はNBAバスケットボールスクールの運営をスタートされました。20年前に立ち上げた「バスケットボールの家庭教師」という名前はとても斬新でわかりやすいですが、どのような経緯で始めたのでしょうか。
最初は本当に思いつきだったんです。私自身がバスケットボールが好きで、バスケットボールを子どもたちに教えることも好きだったので、将来は教員になろうと千葉大学の教育学部に進学し、当時、千葉大学のバスケ部の監督を務めていた日高哲郎先生と出会いました。バスケットボールスキルの向上だけでなく人間としても様々なことを学ばせてもらい、日高先生のような素晴らしい指導者をたくさん育てる道もあることに気づき、指導者を育成する教授になろうと大学院に進学しました。そこで、学費を稼ぐために勉強の家庭教師を始めようとHPを作っている時に、ふと「バスケットボールの家庭教師というのがあったら面白いかもしれない」と考えたことがきっかけでした。
—— 「バスケットボールの家庭教師」を始めた2002年当時は、有料でバスケットボールを教わること自体が珍しかったのではないかと思いますが、どのような方から依頼がありましたか。
最初の依頼は中学生の保護者からでした。ミニバスケットボールをがんばっていた子どもたちの保護者で、中学のバスケットボール部が廃部になってしまい、なんとか子どもたちが高校でバスケットボールを続けられるように、バスケットボールができる機会をつなげたいという依頼だったんです。その後、2件目、3件目は個人の方からの依頼が続きました。
レッスンを手伝ってくれる後輩たちに「お金をいただいているわけだから私たちもきちんと指導力を高めて行こう」と伝えているうちに、この事業は「教えること」のプロフェッショナリズムを教育していくことにもつながると感じ、コーチの育成にも本格的に取り組むことにしました。個人事業主として運営していましたが、2007年に正式にエルトラックを設立し、事業化しました。
2. 音楽ならばポップス。意欲ある個性豊かなコーチで心に響く指導を届けたい
—— エルトラックが提供しているコーチの育成カリキュラムの特徴について教えてください。
当社では、「チームスポーツだからこそできることで教育に貢献する」をミッションに掲げています。子どもを教育する上で、コーチが「人としてどうあるべきか」という道徳心を学ぶことは欠かせません。そのためには「教える力を磨きたい」という強いモチベーションが大切です。モチベーションのある方なら、自然と成長できる環境を用意しています。「教えること自体に興味はないけれど、バスケットボールなら経験があり教えられるから」とか「ただお金を稼ぎたいから」という方にはご遠慮いただいています。
それから私たちのスクールは、音楽に例えると多くの人に届きやすい「ポップス」を目指しているんです。バスケットボールが好きな子、それほど好きではない子など、色々な子どもたちの心に響く指導を提供したいと考えています。そのためにもコーチは個性豊かなほうがいいと思うので、一人ひとりのコーチの魅力を引き出すことも心がけています。一方で、理論の部分はコーチ全員が同じことを説明できる必要があるので、「子どもの指導研究会」という勉強会を立ち上げ、4年間にわたる充実したカリキュラムを組んでいます。
—— 「ただお金を稼ぎたいという方にはご遠慮いただいている」とのことでしたが、生活のためにはある程度の収入が必要かと思います。そのあたりはどのように担保しているのでしょうか。
コーチはランク制になっていて、一番上のSランクになると自分のスクールをもつことができて、固定給にプラスして生徒数による歩合給が発生します。Sランク以外のコーチは時給なので、これだけで生活するならば多くのレッスンに入ることが必要です。磨くことでご飯を食べられるようになっていく、芸の道と同じですね。
—— Sランクの方が自分のスクールをもった場合、集客もご自身で行うのでしょうか。
エルトラックの看板があることで、ある程度の集客は担保できると思います。それ以上の集客を目指すなら、自分の魅力やコーチング力で子どもたちに「また行きたい」と思わせることが必要です。Sランクになると、指導や保護者への対応の他に、コーチを育てることも本部による評価の対象になります。
左:hacomono 伊藤 拓馬、右:エルトラック 鈴木 良和氏
3. スクールを通して子どもの道徳心を養う、家庭でも会話にのぼる仕組みづくりで満足度を向上
—— 私は様々なスポーツスクールの経営者の方と話す機会があるのですが、どこも「(指導)場所」と「コーチの採用」が2大課題になっています。一方で、エルトラックの場合はその2つにそれほど課題を感じていないように思います。何か工夫をされているのでしょうか。
20年以上前にバスケットボールスクールを始めた時は、1時間数十万円と高額な料金を提示されたりと場所探しには苦労しました。1時間数十万円の施設料ならば、子どもたちから集める参加費は一体いくらに設定しなければならないでしょう? スポーツスクールについての理解が進んでいなかったんですよね。今はスポーツ庁も人々の運動に向けたサポート策を推進してくれていますし、施設も以前よりは借りやすくなってきていると思います。そもそも、日本ほど体育館が充実している国は他にはほとんどないため、場所の面では非常に恵まれていると思います。もう1つの人材については、コーチを目指す方に「ここで学びたい」と感じてもらえる環境を用意できている自信があるので、自然と熱意のある方が集まってくれますね。
—— 私自身も、バスケットボールスクールを運営していますが、保護者や子どもたちの可処分時間からどれだけバスケットボールに関する時間を取れるかを考えると、競合は他の娯楽であると感じています。レッスン以外の時間でも、家庭などでバスケットボールについて考えてもらうにはどのような工夫が必要でしょうか。
当社では、「スポーツ選手として、どのようなものの考え方をもつと成果をあげられるのか」という道徳的な内容をまとめたテキストを用意して、コーチが毎練習後にその内容を選手たちに紹介する時間を設けています。テーマが「主体性の大切さ」であれば、「『相手のパスが悪いからシュートが入らない』と考えていたら、相手のパスがうまくならない限りシュートが入らないことになる。それよりも、『どんなパスがきたって自分が決めてやる』って考える人間の方がうまくなると思わないか?」という風にコーチが説くんです。
それを子どもたちが家に帰って「今日、こんな話を聞いたんだよ」と家族に話したら、その証として家族からテキストにサインしてもらいます。サインを集めていくとポイント代わりの星が溜まっていって、全テキスト分を集めると「殿堂入り」するんです。この取り組みは、子どもの育成につながるだけでなく、親も「行かせてよかった」と感じるし、さらにコーチ自身の自戒にもつながるんですよね。
—— 面白いですね!そのようなことをやっているスポーツスクール、ほかに聞いたことがありません。家庭内でも会話に上がることは、サービスに対する顧客満足度の向上にもつながると思います。スクール全体の強化につながる仕組みが構築されている点がとても印象的でした。
【前編】この記事は2回に分けてお送りしています。
【後編】では、日本初のNBAバスケットボールスクールの立ち上げ経緯についてご紹介します。