「踊れる人」は増えた。けれど「踊り続けられる人」はどれだけいるだろうか。
テーマパークやミュージカルを中心に、国内外で数多くの振付・演出を手がけてきた振付師・SHOJIN氏。第一線のクリエイターでありながら、近年は「SHOJIN ENTERTAINMENT LABO」を立ち上げ、ダンサーや表現者の育成・コミュニティ事業に本格的に乗り出している。
あえて「スタジオ」ではなく「LABO(研究所)」。
その名前には、ダンスの技術だけでは生き残れない時代に対する、明確な問題意識が込められていた。
エンターテインメントを”個人の才能”に依存する世界から、”産業”へと進化させるために。
これまでのキャリアの延長線上にある思想と、次世代への眼差しについて話を聞いた。
INDEX
PROFILE
SHOJIN(ショウジン) (同)ショー人エンタLabo. /(株)SHOJIN Show-Base TOKYO 代表取締役社長/振付師・演出家
大手テーマパークのトップダンサーとしてキャリアをスタート。その後、振付師・演出家へと転身し、日本最高峰の振付家コンテスト「Legend Tokyo」にて複数回入賞。ディズニーをはじめとするテーマパーク、ミュージカル、舞台公演、企業イベント、メディア案件まで幅広いフィールドで振付・演出を手がけ、華やかさと物語性を併せ持つシアタースタイルを強みとする。
現在は第一線でのクリエイティブワークに加え、次世代の表現者を育成する「SHOJIN ENTERTAINMENT LABO」を主宰。ダンススキルだけでなく、身体づくり、思考力、チームワーク、キャリア設計までを含めた総合的な育成を行い、東京・関西・福岡の複数拠点とオンラインを融合した独自のコミュニティを展開している。エンターテインメントを”個人の才能に依存する世界”から、”学びと挑戦が循環する産業”へと進化させることを目指し、教育・コミュニティ・事業の視点から業界のアップデートに取り組んでいる。
1. グラウンドから舞台へ。振付師・SHOJINが生まれるまで
—— テーマパークやミュージカルなど、数多くの現場で振付・演出を手がけてこられました。まずは、SHOJINさんご自身のこれまでのキャリアについて教えてください。
SHOJIN:
もともと僕は、小中高とずっと野球部で、本気でプロ野球選手を目指していたような人間で、ダンスとは無縁の体育会系でした。しかし高校で野球に区切りをつけ、「次は勉強だ」と切り替えて偏差値40から猛勉強し、早稲田大学に現役合格したんです。燃え尽きたのか大学入学後は半年ほどフラフラしていたのですが、たまたま先輩の付き添いで小さな劇団の現場を手伝うことになったのが、ダンスとの出会いです。そこで持ち前の体育会系マインドに火がつき、「どうせやるなら本気でやりたい」と没頭していきました。
「ダンスを仕事にしたい。」と考え始める一方で、厳格なサラリーマンである父親はそう簡単には認めてくれませんでした。そこで出された条件が「趣味ではなく、ちゃんと給料をもらえる”仕事”として成立するならダンスの道に進んでもいい」ということ。
それならばと、大学3年の時に一発勝負で大手テーマパークのオーディションに挑みました。毎年何万人もが受ける過酷な試験です。当時はジャズダンスをやる男性が少なかったこともあり、幸運にも合格。その後はテーマパークで踊りながら、一度中退した大学に再入学して卒業するという慌ただしい日々を送っていました。
—— 華やかなテーマパークのダンサーからキャリアをスタートさせながら、のちに振付師へと転身されています。何がきっかけだったのでしょうか。
SHOJIN:
テーマパークは本当に素晴らしい場所でした。毎日踊り、歓声を浴び、安定した収入もある。でも、次第にある違和感が芽生えてきたんです。周囲を見ると、「ここに受かること」がゴールになってしまい、成長意欲が止まっている空気があった。自分自身も、このまま居心地のいい場所に留まり続けたら、成長が止まるかもしれないという焦りが募りました。
そこで「自分の名前を外に出していこう」と決意し、目をつけたのが、振付の日本一を決めるコンテスト『Legend Tokyo』でした。ストリートダンスが主流のこのコンテストに、あえてブロードウェイのようなシアタースタイルを持ち込んだんです。いわば「空いているポジション」を狙いに行った。結果としてオーディエンス賞を獲得し、そこから振付師としてのキャリアが一気に動き始めました。5万人規模のゲームイベント、ラグビーワールドカップ開会式、海外のテーマパーク——様々なオファーをいただけるようになったんです。
2. スタジオではなく”LABO”——名前に込めた設計思想
—— 振付師として実績を積む中で、なぜ教育やコミュニティづくりを目的とした「SHOJIN ENTERTAINMENT LABO」を立ち上げたのでしょうか。
SHOJIN:
大きな転機はコロナ禍です。エンタメ業界全体がストップした中で、僕はオンラインでのダンスレッスンを始めました。それが月に数百人規模で売れるようになり、「場所にとらわれずにビジネスを展開できる」という可能性に気づいたんです。2021年にオンラインサロンという形で立ち上げました。
名前を「スタジオ」ではなく「LABO(研究所)」にしたのには理由があります。単にダンスの振付を教えるだけの場所にはしたくなかった。ここは「みんなとダンスはもちろん、たくさんのことを楽しく研究して繋がって、面白いと思ったことにただただ没頭して、失敗を繰り返して、いろんなものを生み出していく研究室」なんです。
—— LABOでは、ダンスの技術以外にどのようなことを学べるのですか?
SHOJIN:
今の時代、ダンサーとして生き残るにはダンススキルだけでは足りません。必要なのは「ビジネス力」です。LABOでは教育、マーケティング、SNS戦略といったテーマで、各分野のプロフェッショナルを招いた学びの場なども設けています。
特徴的なのは、僕自身の仕事の”裏側”をすべてオープンにしていること。例えば、クライアントに提出してボツになった初稿の脚本と、OKが出た最終稿の両方をLABOのメンバーに見せています。演出家や振付師が、クライアントの要望をどう汲み取り、どう現場に落とし込んでいるのか。なぜ初稿が通らなかったのか。そういう「大人の事情」や「裏側」を知ることで、現場で求められる動き方ができるダンサーが育つんです。
3. 東京・関西・福岡。拠点戦略とコミュニティ設計
—— 現在はオンラインだけでなく、東京・関西・福岡と実店舗のスタジオも展開されていますね。
SHOJIN:
オンラインで全国に数百人のコミュニティができると、今度は彼らが集まれる「箱」が必要になりました。東京・高田馬場を皮切りに、関西、そして福岡へと拠点を広げています。
特に力を入れているのが地方展開です。オンラインレッスンとライブ配信の仕組みを導入しているので、地方にいても僕のレッスンをリアルタイムで受けられますし、アーカイブで復習もできる。これまでのダンス業界には「東京に出ないとプロになれない」という暗黙の常識がありましたが、オンラインと各拠点を繋ぐことで、地方にいながら東京の最前線で活躍するダンサーをライバル視できる環境をつくりました。
—— 単なる多店舗展開ではなく、情報格差をなくすための拠点設計なのですね。
SHOJIN:
その通りです。福岡をはじめとする地方拠点があることで、才能ある若者が地元にいながら世界基準のエンターテインメントに触れ、学ぶことができます。すべてのスタジオで高品質なリノリウム床と大型ミラーを完備し、ダンサーファーストの環境を整えています。
4.「消費される表現者」にしないためのキャリア教育
——「ダンサーにもビジネス力が必要だ」というお話がありましたが、その背景にはどんな問題意識がありますか?
SHOJIN:
日本のダンス業界は長らく、「踊るのが好きだから」という情熱だけで回ってきた部分があります。言い方は悪いですが、”お花畑”的な職人気質というか。インストラクターとして無給に近い形で使われ、将来のキャリアが描けないまま年齢を重ねていく若者が少なくありません。
僕はLABOのメンバーに、こう伝えています。「目の前のお客さんを喜ばせるのは当然。でも、僕たちの一番のお客さんは”クライアント”だ」と。クライアントを勝たせるためにどう立ち回るか、予算をどう使うか、どう交渉するか——そこまで考えて動けるダンサーは圧倒的に選ばれます。そしてそれは、ただ消費されるだけの存在から抜け出す唯一の道でもあるんです。
—— 若い世代への啓蒙活動として、高校のダンス部を回るツアーもされているそうですね。
SHOJIN:
はい。現在、無償で「高校ダンス部47都道府県ツアー」を行っています。Dリーグのようなプロリーグが生まれ、ダンス部が全国大会を目指して頑張る——それ自体は素晴らしいことです。でも、その先が見えていない子がほとんどなんです。「卒業後、ダンスでどう食べていくのか」というキャリア設計が、まったくされていない。
学校の先生は教育のプロであっても、エンタメ業界のプロではありません。だからこそ僕が直接赴いて、テーマパーク、ミュージカル、振付師といった「職業としてのダンス」の選択肢を伝えています。知っているか知らないかで、子どもたちの人生は大きく変わりますから。
5.日本のエンタメを、次のフェーズへ
※御殿場高原時之栖でショー開催
——最後に、SHOJIN ENTERTAINMENT LABOを通じて、今後実現したい未来について教えてください。
SHOJIN:
一つは、地方にエンターテインメントの仕事そのものを生み出すことです。例えば最近、静岡県の御殿場で、噴水とレーザー、そしてダンスが融合したショーの演出・振付を手がけました。終演後、地元の子どもたちが目を輝かせて「いつかあのショーに出たい」と言ってくれた。そういう”地産地消”のエンタメを、全国に広げていきたいと思っています。
そしてもう一つ、僕には大きな目標があります。自分たちの「劇場」を持つこと。1階に劇場、2階にダンススクールがあるようなビルを建てて、劇団四季のようにオリジナル作品をロングラン公演する。ダンサーたちがそこを目指して努力し、そこでちゃんと生活できる環境をつくりたい。
エンターテインメントは、個人の才能に頼るだけでは限界があります。「産業」としてしっかりと仕組み化しなければいけない。
業界の古い慣習を壊し、新しい選択肢を示すためにこれからも挑戦を続けていきます。
編集後記
SHOJINさんの言葉は、ダンスの話でありながら「表現で生きるとは何か」を問い続けていました。踊れるだけでは足りない。でも、踊ることを諦める必要もない。その両立を、情熱ではなく”仕組み”で実現しようとしている姿勢が印象的でした。好きなことを仕事にする、ではなく、好きなことで食べ続けられる世界をつくる。その挑戦の先に、日本のエンターテインメントの次の景色があると感じた取材でした。
