少子高齢化や教員の働き方改革を背景に、大きな変革期を迎えている学校部活動。全国の自治体が「地域展開」への模索を続ける中、東京都渋谷区では、行政・教育委員会・現場が三位一体となった、これまでにない運営モデルを構築しています。
指導者を「先生から外部人材へ」という単なる人員の置き換えに留まらない、真の地域展開とは。フロリダのIMGアカデミーでアジア地区代表を務め、現在は一般財団法人渋谷区スポーツ協会の専務理事として部活動改革を推進し、また博士(スポーツウエルネス学)としても部活動を通じたコミュニティ形成を研究する田丸尚稔氏に、渋谷区独自の戦略を伺いました。
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PROFILE
田丸 尚稔(たまる なおとし)氏 一般財団法人 渋谷区スポーツ協会専務理事、渋谷区教育委員会教育委員

出版社勤務を経て渡米、フロリダ州立大学大学院で修士を取得し、フロリダ州にあるスポーツ教育機関・IMGアカデミーのアジア地区代表を務めた。帰国後、筑波大学大学院で博士(スポーツウエルネス学)を取得し、現在は「コミュニティ形成」の視点から部活動の地域展開を研究・実践している。
1.組織の成り立ち:行政・教育委員会・現場組織の「三位一体」
—— 責任の所在を明確にする、渋谷区の強力な体制構築
部活動の地域展開において、多くの自治体が直面する最初の壁が「どの部署が主体となるべきか」という意形成です。渋谷区はこの問題に対し、非常に明確な答えを出しています。 「渋谷区では、スポーツを所管する行政部局が強力なリーダーシップを取り、そこに教育委員会及び学校、そして我々のような実務を担う専門組織が三位一体となって進めてきました。この体制こそが、迅速な意思決定と現場での実践を可能にしています」と田丸氏は語ります。
2024年に誕生した渋谷区スポーツ協会は、地域スポーツの振興を担ってきた一般社団法人渋谷区体育協会とと部活動改革を進めてきた一般社団法人渋谷ユナイテッドが吸収合併されて生まれた、まさに「地域展開の専門機関」です。行政と現場の間に立ち、双方の言語を理解する「ハブ」として機能することで、従来の縦割り行政では成し得なかったスピード感を生み出しています。
2.現場の課題:「競技指導」だけでは部活動は回らない
—— 可視化された「周辺業務」という膨大なマネジメントコスト
「外部からコーチを呼べば、先生の負担は減る」という考えは、現場を知る者から見れば楽観的すぎると田丸氏は指摘します。 「部活動には、技術指導以外に膨大な『顧問業務』が存在します。入部届の処理、大会へのエントリー手続き、備品管理、そして生徒指導や保護者との細かな調整。これらは競技スキルとは全く別のマネジメント能力を必要とする業務です」。
外部指導者を導入しても、こうした雑務が学校側に残されたままでは、教員の負担軽減は実現しません。また、学校、指導者、生徒、保護者、行政という多岐にわたるステークホルダー間での「意識のズレ」やコミュニケーションコストも、運営を阻害する大きな要因となっていました。
3.解決策:マネジメント専門職「クラブマネージャー」の配置
—— 指導を「現場任せ」にしない、組織的な運営スキーム
この課題を解決するため、渋谷区が導入した独自の手法が、指導者とは別に配置される「クラブマネージャー」という専門職です。 「現場で技術を教えるコーチの他に、運営やステークホルダー間の調整を担うマネージャーを置く。これにより、指導者は教えることに、先生は本来の教育活動に専念できる環境が整いました」。
さらに、ここにデジタルシステムによる一元管理を組みわせました。「多くの人が関わるからこそ、属人化を防ぐシステムが不可欠です。出欠管理や会員情報の共有、さらには活動の質を担保するためのデータ活用。これらをプラットフォーム上で行うことで、誰が抜けても運営が滞らない持続可能な形を作っています」。
4.渋谷独自の戦略:大学や企業を「教育の担い手」に変える仕組み
—— 「予算」に頼らない、人的リソースの革新的な循環
渋谷区の取り組みが際立っているのは、地域内の大学や企業を、単なる支援者ではなく「当事者」として巻き込んでいる点です。 体育大学との「単位認定」連携:大学生が部活動の支援を行うことを、大学側の正規の授業として設置し、学生が「単位」を取得できるスキームを構築しました。学生にとっては実践的な学びの場であると同時に単位取得となる大きなメリットがあり、協会にとっては質の高い若手人材を継続的に確保できる、極めて持続性の高いモデルです。
企業の「ダブルワーク」活用:NTT東日本の社員が、社内制度を活用してて部活動を支える仕組みも動いています。部活動支援を企業の地域連携としてとらえ、従業員は「ダブルワーク」として就業時間と見做されます。企業側の社会貢献ニーズと、部活動側の専門人材ニーズが致した、都市部ならではの連携と言えます。 こうした多様で専門的な人材の確保は、eスポーツやプログラミングといった、従来の部活動の枠を超えた「新しい地域クラブの選択肢」の提供にも直結しています。
5.運営の哲学:IMGアカデミーの知見を地域スポーツへ
—— 「強化」と「楽しみ」をデータで共存させる
田丸氏は、世界最高峰のスポーツ教育機関であるIMGアカデミーでの経験から、日本の部活動に欠けていた視点を持ち込みました。それは、子ども一人ひとりが持つポテンシャルの可視化です。
「部活動に参加する生徒は成長の過程にいます。例えば同じが学年でも体格や体力、PHV(身長がもっとも伸びるピーク期)は異なるので、一様の活動をするのはケガなどのリスクも高めます。そこで、一人ひとりのフィジカルチェックを行って体力をデータ化しています。また、部活動は生徒が主体的に行うものとされていますが、主体性とはどういうものなのか、実際にはとても曖昧に認識れているので、その指標を開発して主体性が育成されているかも見える化していきます。さらに、生徒の中には例えば『全国大会を目指したい子』もいれば、『仲間と楽しくスポーツをしたい子』もいます。これまでは一つの部活動の中でその意識のズレが大きかったり、指導者と生徒が目指す目標の違いで軋轢が生じたりすることもありました。我々はスポーツに対する「価値意識」の可視化にも取り組んでいて、さまざまな場面で「ミスマッチ」が起こらない活動のあり方を模索しています。 主観的な「熱意」をデータ化し、一人ひとりの目的にったプログラムを提供する。この科学的なアプローチこそが、子どもたちの主体性を引き出し、活動の満足度を高める鍵となっています。
6.未来展望:10年後の大人を育成する「コミュニティ形成」
—— 自治体の枠を超えた、広域的な連携の可能性
「部活動改革は、単なる先生の負担軽減ではありません。10年後の街をつくるプロジェクトです」と田丸氏は強調します。 「今の中学生は10年後、20年後には、この街を支える大人になっています。そうであれば、彼らが部活動を通じて地域社会と関わり、最高の体験をすることが、未来の豊かなコミュニティ形成に間違いなくつながっていると考えています」。
渋谷区には様々なリソースがあり、渋谷ならではの活動がある一方で、子どもたちの主体的な活動を実現することが大事なのであれば、地域それぞれの種目があっても良いかもしれません。今後は渋谷区内だけでなく、自然豊かな他自治体との連携も視野に入れています。例えば、都会の渋谷で育つ子が、提携する地域の山や海でシーズンスポーツを体験する。そんな自治体間のリソース交換を通じた、新しいスポーツ文化の創造に、渋谷区スポーツ協会は挑みたいと考えています。
