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高齢化が進み、「人生100年時代」といわれるようになりました。厚生労働省も、人生100年時代を見据えた経済社会システムづくりへの取り組みを進めています。寿命が延びることにより、必然的に長く働くことになりますが、体が資本のフィットネスインストラクター(以下、インストラクター)の場合、体力に不安を抱える方も少なくないでしょう。一方、日本よりフィットネスが盛んなアメリカのシニアインストラクター(ここでは50代以上と定義)たちは、年齢を重ねることに対してどのように考えているのでしょうか。アメリカのインストラクターを取り巻く環境や、実際にレッスンを担当するシニアインストラクター3人の声を紹介します。
求められるのは“プロフェッショナル”なインストラクター。シニアならではの豊富なキャリアが幅広い年齢層への対応を可能に
アメリカと日本の違いの象徴とも言えるのが、履歴書です。アメリカでは履歴書に生年月日や性別を記載したり、顔写真を添付したりすることはありません。人種や年齢、性別で採用を決めることは差別にあたり、違法となるためです。面接で応募者に年齢を聞くこともありません。一部業務内容や企業規模により例外はありますが、同様の理由により、定年制度もありません。
インストラクターの場合、お客さまを指導するにふさわしい体型であることは理想ですが、それ以上にプロフェッショナルであることが重視されます。プロフェッショナル度を測るために必要な情報は「保有資格」「キャリア」「スキル」などですが、これらは年齢を重ねたインストラクターのほうが充実している場合が多い傾向があります。
プロフェッショナルな人材が求められる理由として、レッスン参加者の年齢層が幅広いことが挙げられます。アメリカでは、シニア向けに強度を落とした「シルバースニーカー」というプログラムはあるものの、日本ほどシニア向けプログラムが充実していません。そのため、10代と90代が同じレッスンに参加しているなどの光景も珍しくありません。当然、身体能力には差があるため、インストラクターは一人ひとりに気を配り、モディフィケーション(運動強度の調整)やアレンジメント(参加者に合った動きを取り入れること)を適切に提示しなければなりません。これらのスキルはすぐに習得できるものではなく、経験を積み重ねることで身に付くものであるため、必然的に経験豊富なシニアインストラクターの需要が高くなります。
※こちらの写真はイメージです
インストラクターのレッスン相場は1本約50ドル
レッスン料金については、フリーのインストラクターの場合、大学で運動生理学を学んでいるなど保有している学位や指導キャリアにより金額にかなり幅がありますが、スタジオプログラムであれば1本約50ドルが相場です(交通費をふくむ)。
ちなみにパーソナルトレーニングの場合、1時間で約80ドル(ジムへの配分をふくむ)という料金設定が多いようです。知識やスキルが重要であるため、大手のフィットネスクラブで働くパーソナルトレーナーの多くは、大学でキネシオロジーや運動生理学を学んでいます。
シニアインストラクターのなかには、フィットネスクラブで指導するだけでなく、ヨガやピラティスなどの専門スタジオで指導していたり、自身でスタジオをレンタルし、サルサやタップダンスを教えたりなど、精力的に活動している方も多くいます。
余談ですが、筆者はアメリカ・ロサンゼルスでインストラクターとして活動しています。レッスンに利用しているレンタルスタジオのオーナーは70代で、彼女自身もバレエレッスンのクラスを持ち、指導を行っています。
3人のシニアインストラクターに聞く「保有スキルと今後のキャリア展開」
日本で働くインストラクターのなかで「何歳までフィットネスインストラクターをしていたいですか?」と聞かれて即答できる方はどのくらいいるでしょうか? 続けたいけれど、体力の低下を感じたり、長年の指導で膝や腰に痛みが出たりなど、「何歳まで働けるだろうか」と不安を抱えている方が多いのではないでしょうか。
対して、アメリカのインストラクターは年齢を重ねることについて、どう感じているのでしょうか。実際に現役として活躍している50代2人、60代1人、計3人のシニアインストラクターに話を聞きました。
3人はそれぞれ、ロサンゼルス、テキサス、ワシントンD.Cで働いており、キャリアは25年、30年、40年というベテランです。1人は会社員としてフルタイムで働きながら、早朝や週末のレッスンを担当しています。アメリカでは、朝5時、6時にオープンするフィットネスクラブが多いため、日本よりもインストラクターが働ける機会は多いかもしれません。
そのほかの2人は、インストラクターとしてフルタイムで働いています。フィットネスジムやプライベートスタジオ、自宅、ワークショップ含めて週に25〜30レッスンを担当しています。
3人全員が、全米展開の大手団体が発行する資格であるAFAA(ATHLETICS and FITNESS ASSOCIATION of AMERICA:現NASM) やACE(American Council on Exercise)を取得しています。これらは必須とはされていないものの、アメリカのフィットネス業界で働くにあたって取得していて当然と考えられています。3人は、このAFAA、ACEをもちながら、さらにピラティスやヨガ、格闘技、スピニング、TRXなど、複数の指導資格を取得しています。もともとはそれぞれのプログラムに生徒として参加しており、好きが高じて指導資格の取得に至ったそうです。
そのほか、3人の保持資格をみると、有酸素系、調整系、筋力トレーニング系とバランスよく学ばれてきたことがわかります。この幅広い指導スキルの取得と、それらを学ぶ過程でワークショップやコンベンションに参加したり、資格団体に所属したことで人脈が広がり、仕事の幅や依頼の拡大につながっていったようです。3人とも、YouTubeやSNSを使った集客やプロモーションは特に実施していませんでした。
現在、3人はスタジオレッスンのほか、1対1のパーソナルトレーニングやインストラクターの育成など、1週間あたり10〜30時間を指導に費やしています。スタジオレッスンでは、10代から90代まで、幅広い年齢層を指導しています。「つちかってきた知識と経験をもって、目の前のお客さまの上達や健康的な暮らしのサポートに真摯に取り組んできた。それが評判につながり、お客さまがレッスンを継続してくれる理由になっていると思う」と語っていました。ご高齢のお客さまからは、「シニアインストラクターのほうが安心する」と言われることもあるそうです。
なお、経験を積んだインストラクターのなかには、自身でオリジナルプログラムを考案し、その指導資格を発行する団体や協会を創立する方もいますが、3人はすでに普及している資格を複数取得して、精力的に活動しています。
長く指導を続けられる体づくりのために自身のトレーニングも欠かさない
「体が動く限り続けたい」尽きない学びへの意欲と好奇心でさらなるキャリアの拡大へ
3人とも、年齢を理由にインストラクターを辞めようと考えたことはないといいます。「いつまでインストラクターを続けたいですか?」という問いにも、「as long as I can(体が動く限りは続けたい)」と力強く回答します。
彼女らに共通して言えることは、引き続きインストラクターとして活動していくために、体のメンテナンスに若いころより時間をさき、運動強度の高いレッスンは以前よりも減らしていること。また、時間をきちんと確保して、筋力トレーニングや体の調整を行い、十分な睡眠やバランスのよい食生活を心がけるなど、健康的な生活を意識しています。
3人は「今ある資格を維持しつつ、さらにヨガやタイチー(太極拳)などのプログラムを学んでみたい」「とにかく教えることが楽しい」と語ります。この学ぶ意欲と、好奇心、教えること自体が楽しいという気持ちが続く限り、彼女らのキャリアは今後も広がっていくでしょう。
好きが高じてフィットネス業界に入り、コツコツとキャリアを積んでいった3人。その活動をさらに広げ、未来のキャリアへ活かしていこうという強い意欲を感じることができました。
(取材・写真 村山 房子 / 文・編集 本庄 尚子)