少子高齢化が進む日本において、地域住民が快適に暮らし、働き、そして未来を担う子どもたちが安心して育つ環境づくりが求められています。地方創生は、こうした地域社会の持続可能な発展を目指す取り組みです。地方創生においては、地域課題の発見や、新たな産業の創出を目指すために産官学が一緒になって取り組むケースが多く、その連携に難しさを感じる方も多くいます。千葉大学大学院 国際学術研究院 准教授であり、株式会社ミライノラボの代表取締役CEOとして、長年に渡り地方創生に取り組む田島翔太氏に、産官学連携をスムーズにするポイントや現在の取り組みについてお聞きしました。
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PROFILE
田島翔太 千葉大学大学院 国際学術研究院 准教授/株式会社ミライノラボ 代表取締役CEO/千葉県長柄町タウンアドバイザー
2009年、千葉大学工学部デザイン工学科建築学コース卒業。2015年、千葉大学工学研究科建築・都市科学専攻建築学コース博士後期課程修了。博士(工学)。大学院時代にソーラー住宅の世界大会「ソーラー・デカスロン」に、日本初として参加した日本代表チームをリーダーとして牽引。2012年にスペイン・マドリッド、2014年にフランス・ベルサイユで次世代ソーラー住宅を建設し、2014年に発表した「ルネ・ハウス」は工学・建設部門2位、電気エネルギー部門2位、建築デザイン部門3位を受賞する。「ソーラー・デカスロン」への挑戦や、企業や自治体との経験が評価され、2015年から、文部科学省「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」の一環として設立された、大学と地域の連携を推進する千葉大学コミュニティ・イノベーションオフィスに赴任する。その後、地方創生に向けたコンサルティングを行う株式会社ミライノラボの代表取締役CEOにも就任し、「稲毛コレクティブ・インパクト」を始め千葉県長生郡長柄町タウンアドバイザーとしても活動するなど、地方創生に向けた活動に注力している。
1. 「稲毛CI」で取り組むまちのリブランディング。イベントへの参加者データを活用し、まちへの興味を高めたい
私が所属している千葉大学コミュニティ・イノベーションオフィスは、千葉県内の大学・自治体・企業と協力して千葉の地方圏を元気にするマネジメント組織として2013年に設立されました。2018年には千葉大学で、地方創生を研究するチームが中心となり株式会社ミライノラボ(以下、ミライノラボ)を立ち上げ、私が代表取締役CEOとして地方創生に取り組んでいます。
2023年6月には、ミライノラボと日鉄興和不動産株式会社が中心となり、「稲毛コレクティブ・インパクト」(以下、「稲毛CI」)を設立し、千葉市稲毛地域の価値と課題を研究し、「文教のまち・稲毛」のイメージ定着と、「住みたい街」「住み続けたい街」となるよう、リブランディングに取り組んでいるところです。
2024年8月には、「稲毛CI」に参画している企業や団体に協力いただき、地域住民に向けて「Inage Learning Summer 2024」をスポーツクラブ&スパ ルネサンス 稲毛24で開催しました。本イベントでは、ヨガやキッズ体操、木育など、大人も子どもも楽しめるプログラムを提供し、当日は述べ約100名の方が参加しました。
参加申込には、会員管理・予約・決済システム「hacomono」を活用したため、今後もイベントを開催する際には、アカウントを登録いただいた方に「hacomono」からご案内を送ることができます。参加申込の利便性向上だけでなく、「アカウント登録者=潜在的な参加者」を増やすことにもつながり、イベントの継続的な集客において非常に効率的だと感じています。

「Inage Learning Summer 2024」での1コマ
千葉県長生郡にある長柄町では、「ながらグリーンツーリズム」と称し、都市生活者に農業やいちご刈り、味噌づくりなどの体験イベントを定期的に実施しています。これらのほとんどのイベント参加申し込みは現在、農家や農園の方が電話で受け付けています。参加者情報がまち全体のデータとして管理されていないため、例えば、いちご狩りに来られた方に田植え体験のご案内をするといった活用ができていないという課題があります。長柄町の魅力をさらに広め、リピーターや新規のお客さまを増やすためにも、継続的なイベント案内を行う仕組みが必要です。この点においても「hacomono」のようなシステムを導入すれば、参加者情報をデータとして蓄積し、メールや通知機能を活用したイベント案内が可能になります。さらに、参加者と受け入れ側双方の電話対応や支払いの負担を軽減することもできます。こうしたシステムを活用することで、地域イベントの効率化と参加者とのつながり強化を実現できるため、長柄町でもこのようなデジタルツールの導入を検討し、地域の魅力をさらに発信していきたいと考えています。

「ながらグリーンツーリズム」農業体験の模様(出典:「ながらグリーンツーリズム」HP)
2. 産官学連携を成功に導く! 企業と自治体の目的を一致させ、地域を活性化する4つのポイント
国民のより良い生活を実現するために利益を追求せずに取り組む自治体と、利益を追求する企業。産官学連携については「企業と自治体の目的は異なるから、産官学で連携するのは難しいのではないか」という声がよく聞かれます。しかし、私が長年に渡り取り組んできた経験からすると、いくつかのポイントを抑えれば、そのようなことはありません。以下に、私が考える、産官学連携をスムーズに進めるための主なポイントを紹介します。
2-1. 企業・自治体、それぞれの目的が合致するポイントを見つける
自治体の方は議会で承認を受けなければ動くことができません。そして、承認を受けるためには企業の目的やプロジェクトによってもたらされる効果と、自治体の目的が合致するよう、企業・自治体の双方にとって最適な落とし所を見つけることが大切です。「稲毛CI」を例に挙げれば、日鉄興和不動産株式会社の最終目標はマンションを建てることですが、それ自体は自治体が目指すべきものではありません。まずはマンションが建つことで地域にもたらされる効果、例えば、ファミリー層が増えてまちにより活気が溢れるといったことを整理し、自治体の目的に通じるものを見つけるところからスタートしました。
2-2. 企業と自治体の間を取り持つ仲介役を立てる
企業と自治体がお互いの主張を述べるだけでは当然うまくいきません。企業と自治体の間に立って、2-1.で述べたような目的の擦り合わせや、認識の相違が生まれないように調整する仲介役が必要な場合もあります。「稲毛CI」では、私がその役割を担っています。また、別の地域の例では、ミライノラボの特徴である若者(大学生)が仲介役を担うこともあります。自治体の方も企業の方も、未来を担っていく若者の意見や活動を応援し、一致団結していくこともあります。
2-3. プロジェクトメンバーには当事者意識を持って発言してもらう
プロジェクトを進める過程においては、企業と自治体、時には地域住民にも参加いただき、ミーティングを実施すると思いますが、一般的に日本人はミーティングで積極的に発言するタイプではありません。「ご自由に意見をどうぞ」では何も出てこなかったり、その場では発言せずに、ミーティング後に「違うのではないか」という意見が出てくる可能性があります。これではプロジェクトが思うように進みません。ミーティングでは当事者意識を持ってしっかりと発言してもらうことが大切ですから、「稲毛CI」では、私がファシリテーターとなり、担当者一人ひとり順番に発言してもらう形をとっています。
2-4. 地方自治体との信頼関係構築を意識する
地方創生に取り組むうえで、地方自治体との人脈作りは欠かせません。そのため私は日ごろからいろいろな地域の自治体を訪問し、積極的に交流を図るよう意識しています。信頼関係を築いておくことで、地方創生に関する相談に乗ってくれたり、新たな取り組みを進める際に、その地域のキーパーソンを紹介してもらえることもあります。
なお、自治体の担当者は定期的に異動で変わりますし、新しい取り組みに積極的な担当者もいれば、慎重な担当者もいます。ミライノラボには自治体の方から相談をいただくこともありますが、一緒に取り組んでいたのに、担当者が変わった途端に進行がストップしてしまっては、それまでにかけた時間が無駄になってしまいます。ミライノラボの人的リソースも限られているため、ご相談内容がやや漠然としていると感じた時には、取り組みたい内容と、それに対して部署内で合意形成が取れているのか、また予算も準備できるのかなどを確認してから取り組むようにしています。

3. 快適な生活に固定モデルは存在しない。各地の理想を追求した地方創生を意識
少子高齢化が進むなか、地方創生は国としても重点的に取り組んでいる課題です。しかし、実際にその地域に住んでいる方々の中には、現在の生活で特に不便を感じていない方や、地域が変わることを必ずしも望んでいない方も少なくありません。地方創生に取り組む際には、まずその点を意識しておくことが大切です。かつて、ある地域の方とお話しした際に、「スーパーが近くにない生活について『不便でしょう』とよく言われるが、私たちにとっては当たり前のことで、特に不便とは感じていない。スーパーが近くにない生活がまるでいけないことのように言われるのはおかしい」と言われたことがあります。そこから学んだことは、「こうしたら生活がよくなる」や「こう変わるべき」というモデル的な生活など存在しないということです。地域の特徴を活かし、そこに住んでいる方たちの「こうありたい」という声を聞き、それぞれの地域に合った形で進めることが、地方創生の取り組みにおいてはとても大切です。