少子高齢化が進む日本において、フィットネスの店舗に通う会員も年々高齢化しています。特に総合型フィットネスクラブにおいては、会員の中心が60代という店舗も少なくありません。店舗の運営を長く継続していくためには、若年層の入会が必須です。そこで、2021年に20〜30代の女性をメインターゲットとするセミパーソナルジム(以下、ジム)「FLATTE」を立ち上げた株式会社ファノーヴァ 代表取締役 舟久保 匡佑氏に、若年層の入会を促すためのポイントを聞きました。
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PROFILE
舟久保 匡佑 株式会社ファノーヴァ 代表取締役
経営コンサルタントとしての活動や、美容サロンなどの運営に携わった後、それまでの知見を活かして2021年、20〜30代の女性が気軽に通える施設「FLATTE」1号店である駒沢大学店を立ち上げる。2023年には2号店の豪徳寺店もオープンし、女性が通いやすい施設づくりやサービス開発に取り組んでいる。
1. 「おしゃれ」「チル」要素の徹底追求で若年層の集客に成功
「FLATTE」を立ち上げたきっかけは、コロナ禍を経て、私自身が運動の大切さを再認識するなかで、ふと「運動が嫌いだったり、得意ではない若い女性が気軽に通える店舗がない」と感じたことです。そこで、「なぜ彼女たちは今あるフィットネスの店舗に通わないのか?」「どんな店舗であれば通いたくなるのか?」を調査することにしました。
リサーチ会社を通じ、男女およびフィットネスの店舗を利用した経験がある方、ない方を含む幅広いターゲットにオンラインアンケートを実施し、その結果から「ジムに通わない理由は、施設デザインや雰囲気にあるのではないか」という仮説を導き出しました。
その仮説を元に、20〜30代の女性を集めて1対1の面談形式でインタビューを実施したところ、「フィットネスの店舗の味気ないデザインがつまらない」「ストイックにトレーニングをするイメージに気後れする」といった声が多く聞かれました。彼女たちが通いたくなる施設にするためには、通いやすい立地や会費と同じぐらい「なんかこの店舗、良いかも」と感じられるエモーショナルな要素がとても重要であることがわかりました。一方で、それを具現化することはとても難しい作業になることが見込まれたため、店舗コンセプトや各種クリエイティブ制作、ブランド醸成にあたっては、人脈を駆使してブランディングを得意とする超一流のプロジェクトチームを組み、内製化して取り組んでおります。
店舗づくりの参考にしたのは、ひいて言えば20〜30代の女性に人気のカフェや美容サロンですが、「そこでしか得られない」雰囲気づくりも意識したかったため、実際はほぼ0からの創出でした。実現したい世界観から逆算したあらゆる要素を言語化し、施設コンセプトをつくりあげる作業は本当に苦労しましたが、最終的に「おしゃれ」、「チルさ」をキーワードに設計しました。「チル」とは「chill out」に由来する言葉で、主に10〜20代などを中心に利用されており、「くつろぐ」「落ち着く」「まったりする」などの意味を表します。一言で表すと、「おしゃれでくつろげる空間」づくりを目指すことにしたのです。
店舗のカラーやクリエイティブは、「おしゃれ」「チルさ」に重きを置きつつ、女性向けにかわいらしさを加えました。ブランド名は、運動初心者の方でも気負わず「フラッと気軽に立ち寄れるカフェ(ラテ)のようなフィットネス空間」という意味を込めて「FLATTE(フラッテ)」に決めました。
2. エンタメ要素あふれるレッスンで「運動すること」自体を目的化
「おしゃれでくつろげる空間」と「運動する場」という、静と動の相反するシチュエーションを両立させる店舗づくりは困難を極めましたが、小さな工夫を積み重ねることで、うまく両立できたように思います。
カウンセリングや休憩などに利用できる椅子やテーブル、棚などのインテリアにはあたたかみのある木の素材を使用し、落ち着いたカラーやデザインでそろえました。一方、運動スペースにあるダンベルなどの運動ツールは、赤やピンクといったカラフルな配色を意識し、活動的な雰囲気を演出しました。運動ツールは必要以上に置くと雑多なイメージになってしまうため、必要最低限にしています。
若年層の会員の気分を高め、通いたくなる店舗とするために、入口のドアから自然光が差し込む、明るく解放感のある空間を設計しました。運営フローも、ターゲットに合わせて、入会手続きや決済、レッスン予約、チェックイン・アウトなどが、すべてスマートフォンひとつで簡単にできるようにしました。そのおかげで、フロントを設ける必要がなくなり、省人化を実現できただけでなく、コンパクトかつスッキリとした居心地のいい空間になりました。
プログラムづくりでは、エンターテインメントの要素を組み込むことを意識しました。運動が苦手な方や、運動初心者の方に店舗に来ていただくためには、ダイエットや健康になるためなどの「手段」としての運動ではなく、運動そのものが「目的」になるようなプログラムを作成することが大切だと考えたためです。そのため、何気ない日常のなかで、ちょっとしたスパイス・アクセントとしての楽しさを味わえるようなフィットネス体験を心がけました。
プログラムは、エンターテインメント要素の強いレッスンの指導経験が豊富で人気絶頂を誇ったトレーナーと共同創業し、中心になってもらいつくりあげました。最もこだわったのは、音楽とトレーニング内容の連動性です。会員の気分を高めるため、洋楽のポップスを中心に、1曲のなかでも、トレーニングの動きに合わせてテンポに起伏をつけることで、音楽に没入して楽しく動きながら、しっかり運動したという爽快感も味わえるように工夫しました。こちらのアルゴリズムは弊社の門外不出の秘伝のタレですね(笑)。
プログラムは、新しい動きを少しずつ覚えながら、数ヶ月かけて1つのプログラムを完成させる仕様になっています。1つだけをやり続けると飽きてしまうので、成長していることを楽しみつつも、毎月新しいプログラムも投入することで、その日の気分によってメニューを変えることもできるといった、楽しんで通い続けられる仕組みをつくりました。
指導形態も工夫しています。トレーナーとのマンツーマン指導では気後れしてしまう方もいるので、そういった方でも参加しやすく、かつ仲間に引っ張られるかたちでいつも以上の力を発揮できるよう、1人のトレーナーに対して会員は平均3〜4名というセミパーソナル形式にしました。この人数であればトレーナーも一人ひとりに十分目を配ることができます。運動が不慣れな方でも上手にリードできるように、トレーナーには技術的なスキルはもちろんですがコミュニケーション力が高い人物を採用しています。
3. お客さまの声に耳を傾けることが、予想以上の結果を生み出す秘訣
入会する会員の80%は運動初心者、運動が苦手な方ですが、「ハードなトレーニングではないので、このジムなら続けられそう」「おしゃれだし、行ってみようと思った」という理由で入会してくれています。店舗コンセプトやプログラムがターゲットにきちんと伝わっていることが感じられ、大変うれしく思っています。部屋着の延長のようなウェアで来てそのまま帰る方が多く、気負わずに来てもらえているようです。
会員からは「楽しくて、レッスンの時間があっという間に過ぎる」という声や、継続している理由として「爽快感」「高揚感」「楽しさ」を挙げる方も多く、エンターテインメントショー形式のプログラムを楽しんでくれていることが伺えます。「仲間がいるからがんばれる」「1対1だと緊張するが、ほどよい距離感でサポートしてくれる点がいい」という声も多々あり、店舗コンセプトを元につくりあげた指導形態もマッチしていることが確認できています。
これまで店舗を運営してみて感じるのは、20〜30代かつ運動初心者の方に入会してもらうためには、「なんかこの施設、良いかも」と感じてもらえる店舗づくりのほかに、プログラムの難易度が非常に重要になるということです。事前に、運動強度、難易度について、ターゲットに合わせて十分に調整したつもりでしたが、オープン後、体験した方からは「想像以上にハードでした」「ついていけなさそうなので、入会は検討したいと思います」という声が多かったのは、予想外の出来事でした。そこで初めて、私を含めたスタッフは皆、運動が好きで日頃から運動していることから、運動強度のレベルをはかり間違えていたことに気づきました。その反省を活かし、オープンから半年ほどの間は、お客さまの声を元に、プログラムのどの部分が難しいと感じているのかこまかくヒアリングして調整することで、最適なレベルに設定することができました。
現在の会員構成は、豪徳寺店の場合、20代が30%、30代が35%、40代が20%、それ以外の10代および50代以上が15%と、若年層以外の層も想像以上に多く入会してくれています。20〜30代をターゲットにした店舗コンセプトが、ターゲットよりも上の年齢層にも響いているのは、うれしい誤算です。気軽に通えることはもちろん、活動的な雰囲気やおしゃれな空間が、「いつまでもいきいきと輝いていたい」と考える女性を惹きつけているのだと推察されます。これからは、20〜30代の女性はもちろんのこと、40〜50代の女性たちにとっても、気分が高まるプログラムの開発や、店舗のクリエイティブづくりに力を入れて取り組んでいくつもりです。実行した施策の効果検証をしっかり行い、年代ごとに心に響くポイントを見つけて体系化し、顧客満足度の向上だけでなく、業績にもいい影響がある施策を、どんどん実行していきたいですね。