美容院の予約やタクシーの手配など、さまざまなサービスがWeb上で利用できるようになった昨今。システムから収集した顧客データをもとに、当たり前のように経営改善を行っている業界がある一方で、フィットネス業界ではいまだデータの収集や分析、活用が進んでいないように見受けられます。
プラットフォームビジネスに携わっていた経験からデータ分析の重要性を認識している株式会社ファノーヴァ 代表取締役 舟久保 匡佑氏は、自身が運営を手がけるセミパーソナルジム「FLATTE」でも顧客データの活用による経営改善に取り組んでいます。今回は、舟久保氏に、顧客データの分析をもとにした経営改善施策とその効果について聞きました。
INDEX
PROFILE
舟久保 匡佑 株式会社ファノーヴァ 代表取締役
経営コンサルタントとしての活動や、美容サロンなどの運営に携わった後、それまでの知見を活かして2021年、20〜30代の女性が気軽に通える施設「FLATTE」1号店である駒沢大学店を立ち上げる。2023年には2号店の豪徳寺店もオープンし、女性が通いやすい施設づくりやサービス開発に取り組んでいる。
1. 経営課題の解決や事業成長の鍵を握る「顧客データ」
以前に携わっていたプラットフォームビジネスにおいては、ユーザーのデータを日々収集、分析し、それをもとに、よりターゲットに響く商品やサービスの開発を行うのが一般的でした。その経験から、ビジネスを成長させていくためには、データ活用がとても重要だと考えています。そこで「FLATTE」を始めるにあたって、データの収集や分析を担当するデータサイエンティストを1名採用することにしました。分析結果は店舗のブランディング構築やチラシ作成などをクリエイティブ/デザインチームとも連携し、経営や集客施策の改善に役立てています。
フィットネス業界において、データサイエンティストのような専任担当者を置いて取り組んでいる店舗はまだ多くないと思われます。そこまでするのには、次の3つの理由があります。
1つ目は、業績を伸ばすために行った施策のPDCAをスムーズにまわすためです。施策を打っても集客や売上が思うように伸びないときに、どこに課題があるのか、どうすれば改善できるのか、データという材料がなければ見つけることができません。お客さまのニーズも時代とともに変わっていくものですから、それをいち早く察して、商品やサービスをニーズに合わせたものに変えていく体制を整えておきたいと考えました。
「FLATTE」の店舗数がもっと増えたときのことも考えて実施しています。PDCAで得られる改善の効果は、1店舗あたりでは小さくとも、店舗数が増えれば経営に大きく影響してくるからです。例えば、PDCAをまわすことで、同じ広告費用でも集客できる人数を7人から10人に増やせた場合、1店舗あたりではわずか3人のプラスですが、10店舗、20店舗となれば、30人、60人と大きな違いを生むことになります。
2つ目は、フィットネスクラブの経営をより効率化するためです。飲食店やアパレルなどの常に新しいお客さまを集めなければならないビジネスにおいては、日々、集客数や売上などのデータをシステムから収集し、分析して経営の改善に務めています。同じことが、フィットネスクラブの経営でも当たり前に行われる状態にしたいと考えました。
例えば体験や入会手続きなどのお客さまの情報を取得する際に、専用用紙に手書きで記入してもらっているフィットネスクラブが多々あり、いまだにデジタル化が進んでいないように感じています。スタッフが手書きの紙を見ながら情報をパソコンに打ち込むとなると二度手間になり、お客さまとスタッフの双方にとって、負担が大きい運用になってしまいます。
特に「FLATTE」はフロント専任のスタッフがおらず、事務作業はすべてトレーナーの担当になるため、前述の方法だと大きな負担になります。そこで、会員管理システムの「hacomono」を導入することで、お客さまがスマートフォンから体験申し込みや入会手続き、決済、レッスンの予約などをできるようにしました。これにより、お客さまの情報や利用動向のデータが「hacomono」に自動で蓄積されていくため、パソコンに手作業で打ち込んだり、入会者数を集計するなどの事務作業は発生しません。トレーナーはお客さまへの指導に集中できるようになり、働きやすい環境づくりにもつながりました。
3つ目は、将来、フランチャイズ(FC)展開を行う際に、加盟店の募集をしやすくするためです。データサイエンティストが在籍しており、体感ではなく、データをもとにした経営に取り組んでいる点や、売上や集客数などの細かいデータをきちんと示せることで、安心して事業に参入してもらえるのではないかと考えました。
2. 解決したい経営課題に合わせたデータの取得を
データサイエンティストは、企業として目指す目標を達成するために必要なデータの抽出、分析および、それらが自動集計される仕組みづくりを担当しています。データは「hacomono」のほか、Webサイトの解析ツールであるGoogle Analytics(以下、GA)を使って取得し、それをもとに体験者数や入会者数などの重要な数値をRe:dash(リダッシュ)という分析結果を可視化できるツールを使い、日々、手間なく確認できるようにしています。
「FLATTE」で主に取得しているデータには、次のようなものがあります。
・「hacomono」から取得しているデータ
お客さまの年齢や性別、居住地、受講しているレッスン、受講している時間帯、入会経路、アンケート結果(過去の運動経験、過去に通ったことのあるフィットネス施設、入会の目的、身体的な疾患など入会にあたっての懸念事項)
・GAから取得しているデータ
広告媒体ごとのCPC(広告URLやバナー広告をユーザーに1クリックしてもらうためにかかる費用)、広告媒体からホームページへの訪問率
取得したデータからは、以下を算出または抽出して分析しています。
- 会員の継続率
- 入会経路別の継続率
- LTV(顧客生涯価値を指し、入会から退会までに1人の会員が施設に支払う総額)
- 年齢別かつ広告媒体ごとのCPC
- レッスンごとの集客数
- トレーナー別の体験からの入会率/受講頻度/レッスン間隔フラグ
なお、取得や抽出するデータは企業の目標や改善したいことによっても変わってきますので、上記を参考にしつつ、各企業で分析に必要なデータがどれなのか、判断することをおすすめします。
3. データの利活用で「体験からの入会率100%」「チラシの反応率2倍」を実現
データ分析の結果をもとに行った施策によって、集客に高い効果が出てきています。例えば、あるトレーナーが提供する体験レッスンからの入会率が約90%とほかのトレーナーよりも高いことがわかったため、そのトレーナーに体験レッスンを多く担当してもらったところ、体験に参加した全員が入会するという、入会率100%になる日が出てきました。
また、チラシによる集客施策でも、以前と比べて高い効果が得られました。体験に来るお客さまやレッスンへの参加率が高い会員の住居データを分析したところ、集客につながりやすいエリアが判明したため、チラシの配布部数は以前と変えずに、エリアだけを変えて配布してみました。すると、チラシからのホームページへのアクセス数が2倍になったんです。同じ広告費用で2倍の効果を得られたことになります。
さらに、前述の受講頻度/レッスン間隔フラグの運用も退会抑制につながっていると推察されています。こちらを活用した運用から1年ほど経ちましたが、カウンセリングで会員の課題を取り除き、レッスンの利用を促すことで、1年以上の継続率は他社ジムのデータの4倍程度となり、引っ越しや妊娠、介護などの致し方ない理由以外で退会される方が珍しい状態になりました。
データに基づいて経営判断をしていることで、トレーナーの意識にも変化が起こりました。以前に比べて、数値を意識しながら動けるようになってきています。オープン当初は「身体的なサービスを提供する店舗で一番重要なのは、指導力ではないのか。ここまで数値にこだわる理由がわからない」と、とまどうトレーナーもいました。しかし、「月の目標入会数がこの数字なので、1日ごとに分解して見ると、毎日これだけの入会者数が必要」というように、データを示しながら、身近な例に落とし込んで説明することで、トレーナーもその数値を目標に、前向きに接客に取り組んでくれるようになりました。ただデータを提示するのではなく、その数字を達成するために具体的に日々どのような動きをすべきなのか、トレーナーがイメージできるように伝えることが重要です。
4. データと人の力を融合し「シームレスなフィットネス体験」を提供したい
今後は、オンラインでの物販にも取り組んでいきたいと考えています。そのための下準備として、会員が過去にプロテインや健康食品、フィットネス関連のツールを購入したことがあるか、購入経験がある場合は何をどのくらい購入したのか、といったデータを新たに取得していきたいですね。そのデータを分析して、入会目的別に需要の高い商品を割り出したいと考えています。店舗で一人ひとりの会員に最適なフィットネス体験を提供するだけでなく、店舗外においても、健康をサポートする商品やサービスを提供することが目標です。店舗と日常生活がシームレスにつながるフィットネス体験を実現できたら理想的です。
一方で、データの分析結果から考えた施策を実行するためには、トレーナー含めた人の力が必要になる場合も多いので、引き続きトレーナーには「なぜこの数値を改善することが必要なのか」「施策を行うことで、どういった効果を狙っているのか」を丁寧に説明していきます。
そもそも、フィットネス業界にいる人材は総じてホスピタリティ精神が高く、もともとすばらしい力をもっている方が多いと感じています。そこにデータの力を融合すれば、より効率的にフィットネス業界全体の成長を後押ししていけるはずです。同じように、「FLATTE」もデータと人材の力をかけあわせることで、経営をさらに発展させていきたいと考えています。このような考えがフィットネス業界にも浸透し、データの利活用に取り組む店舗が今後、増えていくことを願っています。