愛媛県が実施しているデジタル実装加速化プロジェクト「TRY ANGLE EHIME」(以下、「トライアングルエヒメ」)において、2024年度、株式会社hacomono(以下、hacomono)が提案した「無人民泊システム導入によるインバウンド向け遍路宿の環境整備」が採択されました。hacomonoとともに実装実験に参加した、愛媛県・松山市を中心に事業を展開する株式会社三福ホールディングス(以下、三福ホールディングス)のグループ会社が運営する南道後温泉 ホテルていれぎ館 副支配人であり、民泊の開設に初めて取り組んだ稲荷 美香氏に、実際に行った取り組みや、スムーズな民泊運営のポイントについてお話を伺いました。
INDEX
PROFILE
稲荷 美香 南道後温泉 ホテルていれぎ館 副支配人
「南道後温泉 ホテルていれぎ館」の副支配人を務めながら、民泊施設の立ち上げに初めて取り組み、2025年に家主不在型簡宿民泊である「浄瑠璃邸」を立ち上げる。お客さま一人ひとりの大切な時間が心から寛げるものとなるよう、常に施設環境の改善に取り組んでいる。
1. 「こんな不便な場所でも?」宿泊者から高評価、稼働率80%を達成
2024年度、「トライアングルエヒメ」においてhacomonoさんが提案した「無人民泊システム導入によるインバウンド向け遍路宿の環境整備」が採用され、当社も実装実験に参加することになりました。お遍路の巡礼寺の1つである浄瑠璃寺から徒歩10分ほどのところに2つの民泊施設を整備し、2025年2月より、Airbnbを通じて宿泊予約の受付を開始しました。
施設周辺に、食料品や日用品を購入できるスーパーやコンビニエンスストア、飲食店はありません。一番近いバス停までも徒歩50分ほどかかります。当初は「このような不便なところに泊まりに来てくれる方など、本当にいるのだろうか?」と、半信半疑でスタートしました。
しかし、営業開始直後から予約が入り、その後はほぼ満室の状態が続きました。2023年の簡易宿所の全国平均稼働率が25%(観光庁「宿泊旅行統計調査」参照)であるのに対し、当社の民泊施設では80%に達しました。卒業シーズンということもあり、海外からの旅行客に加えて、5〜6人の日本人学生グループが友人との思い出作りに利用するケースが多く見られました。宿泊者の90%以上はレンタカーを利用しており、不便な立地はあまり気にならなかったようです。施設のすぐ隣に駐車場を完備していたこともあり、むしろ「便利だった」というお声をいただきました。「のんびりできた」「部屋が広くて綺麗だった」など高評価の口コミも多くいただき、うれしい驚きとなりました。

周囲を山や川に囲まれた、のどかな場所にある施設
2. 「大変そう」から「なんとかなりそう」へ、既存の民泊事業者との交流で気持ちが変化
民泊事業を始めるにあたっては、まず行政に相談する方が多いと思います。しかし、説明には耳慣れない専門用語が多く、手続きも煩雑です。「思っていたよりも大変そうだからやめようかな」と感じる方もいるかもしれません。実際、私自身も当初は「これは大変だ」と感じました。
民泊には、「年間180日まで営業できる住宅宿泊事業法(民泊新法)に基づく施設」と、「365日営業可能な旅館業法に基づく簡易宿所や旅館・ホテル」の2種類があります。当社は後者で申請しましたが、建築基準法に関する指摘を行政から受け、対応策が見つからずに途方に暮れたことがありました。そのようなとき、県内で民泊を運営している方に相談したところ、行政との橋渡しができる担当者を紹介していただくことができました。その方が「この施設は○○を満たしているので、建築基準法の○○はクリアできますよね」「ご指摘の部分は、○○すれば大丈夫ですね」と行政の方と専門知識を交えてやりとしてくれたおかげで、無事に課題をクリアすることができました。私とhacomonoさんだけでは、知識がなかったために対応策を見出せず、前に進めなかったかもしれません。
この経験から私がお伝えしたいことは、「大変そう」と諦めてしまう前に「県内で民泊事業に取り組んでいる方に話を聞いてみてほしい」ということです。民泊事業者向けのセミナーは意外と多く開催されており、そういった場に参加すると、実際の運営者から「この手続きはこうするとスムーズですよ」と、実体験に基づいたアドバイスがもらえます。手続きが「大変そう」から「なんとかなりそう」に変わるきっかけになるはずです。
なお、該当地域においては、必ずしも民泊運営者が存在するとは限らず、また地域ごとに条例や対応方針が異なるため、正確な情報を得るためには行政への確認がより確実かつ適切であると考えています。

稲荷 美香 氏
3. スムーズな民泊運営の実現に向けた4つのポイント
営業を開始してからまだ日が浅いものの、現時点で「スムーズな運用のために効果的だった」と感じるポイントをいくつかご紹介しましょう。
3-1.立地や使用目的に応じた備品の準備
民泊施設として洗濯機は必須ですが、当施設ではさらに、複数人分の洗濯物も快適に乾かせるよう、浴室乾燥機も導入しました。また、施設周辺に買い物施設がないため、カップラーメンなどの軽食をあらかじめ備えています。
3-2.設備の使い方を丁寧に解説
当施設は家主不在型の簡宿民泊であるため、宿泊者には事前に利用案内をお送りしています。キーボックスの使い方については動画で説明することで、「ここでピッと鳴ります」といった表現だけでは伝わりにくい部分も、視覚的に理解してもらうことができます。
給湯器やスマートテレビ、デジタルテレビなどの操作についても、写真付きのマニュアルを作成しました。これらの準備のおかげで、「鍵の開け方がわからない」「設備の使い方がわからない」といったお問い合わせは一度もありません。なお、解説書は日本語と英語で用意しています。
3-3.清掃の事前シミュレーション
事前に清掃を行ってみることで、多くの改善点に気づきました。たとえば、ベッドシーツは当初フラットシーツを使用していましたが、部屋のスペースが狭く、作業時間が想定以上にかかってしまったため、ボックスシーツに変更しました。その他、浴室の清掃用に専用のスリッパも準備しました。こうした工夫や備品を整えておくことで、清掃の負担を軽減したり、清掃時間の短縮につながります。
3-4.窓口対応を専門業者に委託
日本語のほか、英語・中国語・韓国語など多言語対応が必要な窓口業務は、専門業者に依頼しています。お客さまからのお問い合わせに迅速に対応できるため、満足度向上にもつながっています。一定のコストはかかりますが、当社では必要経費と考えています。
簡単な問い合わせには業者が対応してくれるため、運営や清掃を担当する「ていれぎ館」のスタッフは、本業に集中することができます。

キーボックスに暗証番号を入力し、キーを入手する
4. 民泊事業に取り組む方は様々、前向きな姿勢がモチベーションを高める
4月に入り、日本人学生の利用がひと段落した今後は、海外からの旅行者にもより快適にご利用いただける施設づくりを目指していきます。料金体系も「1棟○○円」から「1人○○円~」に変更し、少人数でも気軽に利用できるようにしました。今後はご要望をもとに、バスやタクシーなどの交通手段のご案内も増やす予定です。
当社の民泊はAirbnbを通じて宿泊予約を受け付けていますが、宿泊者が運営者を評価するだけでなく、運営者も宿泊者を評価できるシステムが非常に有効だと感じています。評価が著しく低い宿泊者は、Airbnbの利用停止措置を受けることもあります。さらに、利用には身分証明書の提出が必須であるなど、安心して運営できる環境が整っています。
民泊事業者向けのセミナーに参加すると、実際に民泊に取り組んでいる方々の前向きな姿勢や楽しそうな雰囲気に触れることができ、運営へのモチベーションが一層高まります。私が出会った中には、お母さまと娘さんの二人三脚で民泊事業に挑戦しようとしている方もいました。民泊事業に少しでも興味がある方は、まずはセミナーに参加し、一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。